バロック-古典-現代


第三部 : The Butler did it !

1970年に時代楽器を使った演奏が始まったばかりのころは、時代楽器の演奏家たちの数はごくわずかでした。当時この先駆者たちの音楽や彼らの思想は幅広い評価を受け、音楽世界に大きな影響をもたらしました。それによって古楽器を使った演奏や、バロックや古典派スタイルの演奏などが流行り、多くの音楽家がこの業界に加わるようになったのです。

古楽器演奏の業界で増えたのは音楽家だけではなく、ヴァイオリン・メーカーたちや、弓の制作者たち、また弦の製造会社など様々です。このように人が増えて集団になると決まって競い合いが始まり、結果的に古楽器のテンションが増加するのです。この動きには歯止めがきかなくなり、私の予想では時代楽器のテンションは将来信じられないほどになっているでしょう。40年先には1980年代の現代ヴァイオリンと同じくらいのテンションの古楽器があると私は思います。


幸いにも私たちはヴィオリンの進化の終点に立っているわけではありません。と、いうことは。。。



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Copyright © Filip Kuijken 2009

この現象が歴史の繰り返しのようなものだと気づいたのは15年ほど前の事です。

これまで17世紀と18世紀から現在にかけて楽器のテンションが増加している事を見てきましたが、奇妙な事に同じような傾向が現代に作られている時代楽器にも見られるのです。

私はこのおかしな現象に興味を抱きました。15年前にも多少高めのテンションの時代楽器はありましたが、全体的に時代楽器のより低かったため、当時は気にもとめませんでした。

しかし今は「時代楽器」と見なされている楽器で、現代楽器よりテンションが高いものもあります。このような楽器を見ると私はそのあまりの不合理性に戸惑う一方、この現象をよりよく理解したいと思うのです。そこで私はこの現象が、いつ、どのようにして、また一番重要な、何故、起こったのかを探る事にしました。このように一つの問題に取り入りすぎずに、多方面から検討する事によってこの現象の全体像が見えてくるのではないかと思ったのです。


例えば, 推理小説では「犯人はあいつだ! 」の一言のみでは事件の解決にはなりません。事件を解決するには犯人がいつ、どこで、どのように、犯罪を犯し、そして一番重要な動機を明らかにする事が重要です。

現在、現代楽器や時代楽器のテンションが増加し続けている原因、またはこの現象を引き起こしている真犯人は、私たちの根本的な人間性にあるのです。普段私たちはそれに気づく事さえありません。


下の二つの写真AとBを例えて説明します。

私は下の写真を幾人もの人たちに見せて、どれか好きなのを選んでもらいました。その結果、ほとんどの人が同じ写真を迷わず選びました。では、これを読んでいるあなたも、どちらか好きなのを選んで下さい。

Picture A

Picture B

圧倒的な人気を示したのは写真Bです。みな無意識的に選んでいたので、何故AではなくBを選んだのかを聞くと答えに困る人たちもいました。二つの写真は同じヴァイオリンを写していますし、カメラ、レンズ、ストロボ、フィルム、それぞれ同じものを使い、スキャンも全く同じ方法で 行ないました。では何故みな同じ写真を選んだのでしょうか。それはヴァイオリンを移しているカメラの位置に原因があります。


写真Aはヴァイオリンの中心より低くカメラが設置してあります。よく見るとヴァイオリンの裏版の上二つの角が見えますし、駒の裏も見えます。この写真ではヴァイオリンがカメラより高い位置にあるため、自分がヴァイオリンを見上げている立場にあります。逆にヴァイオリンが自分を見下ろしているとも言えるでしょう。だれでも上から見下ろされると自分が小さく感じるものです。そのためこの写真は見ている人を不快な気持ちにさせますし、いささか脅迫的な印象を与えます


写真Bはヴァイオリンの中心より高くカメラが設置してあるので、ヴァイオリンの裏版の下の角二つが見えますし、駒の表も見ることが出来ます。この写真では自分がヴァイオリンを見下ろす立場にあるので安定感のある良い印象を受けます。自分が比較的に周りより大きい事は居心地がいいのです。

私は写真を商売にしているわけではありません。楽器を売って生活しています。ですので私はオーケストラやヴァイオリンのレッスンなどに二枚の写真ではなくヴァイオリンを持って見せに行きます。両方とも質は同じですが一台は9.4Kg/dfの高めのテンションのヴァイオリン、そし てもう一台が8.6Kg/dfの低めのテンションのヴァイオリンだとします。


もし平均のテンションが9.0 Kg/df だとすると決まって売れるのが9.4 Kg/df のヴァイオリンです。8.6 Kg/df のヴァイオリンは暖かい美しい音色かもしれませんが、明瞭さとパワーに欠けるため売りにくいのです。このヴァイオリンを弾く人は絶えず周りの音楽家の中で遅れを感じ、劣等感を抱くことになります。 それに比べ9.4 Kg/df の高めのテンションのヴァイオリンは他の楽器との音のバランスが取りやすいため、周りの音楽にとけ込むようです。少なくともそういう印象を与えます。そのため低めのテンションのヴァイオリンより将来性があると見なされたしまうのです。

私が自分の楽器を売るためには、最低条件として他の楽器と同じレベルのテンションが必要です。できれば、他の楽器よりも少しテンションが高いほうが好ましいでしょう。そのほうがよりパワーのある明瞭な音色が出せるほか、周りを見下ろせる立場に立てるので、安心して演奏ができます。結果的に、この例で現したように9.4 Kg/df の高めのテンションのヴァイオリンのほうが確実に先に売れます。それは私たちが周りの環境より低い立場におかれることが耐えられないかなのらです。このように、私の経験に基づいた結論を言うと、増加するテンションの真犯人は私たちの人間性にあります。

一人個人ではこのような傾向は見られませんが、多くの人が集まり集団となったときにそれが明らかになります。それは競い合うことによってさらに高く、さらに上を目指すことが私たちの人としての本性だからです。もし1953年にテンジン・ノルゲイとエドワード・ヒラリーがエベレストの頂上に達していなければ、他の探検隊が成功していたでしょう。彼らは二度目の挑戦はしませんでした。現在エベレストには毎年多くの人が訪れます。なかでも18回も頂上まで登った人がいるそうです。
ヴァイオリン制作から引退したら、私もエベレストを登って頂上でコーヒー屋さんでも始めたいです!

もしあるヴァイオリン・メーカーが高めのテンションのヴァイオリンを作らなければ、いつか他の人がそれを実現するでしょう。もしある弦の製造会社がゲージの高い、引力の強い弦を作らなければ、いつか他の会社がそれを開発する事になるでしょう。

や弦を幾人かの音楽家が使い始めれば、いつしか『標準』が少しずつ、確実に上がり始めるのです。

このような現象が現代楽器に現れている事については、私はそれほど驚きません。とは言え、この動きに共感しているわけではありませんし、時々おかしく感じる事もあります。しかしもし、この現象の原因が私たちの人間性にあるのなら、それは自然なことで、あって当然なことでしょう。 しかし1720年代のヴァイオリンのテンションの増加においては、納得できません。もし現代ヴァイオリンのテンションが増加し続けるのなら、1720年代のヴァイオリンのテンションとの差が絶えず大きくなり続けなければなりません。正真正銘の時代楽器ならば、パラレルな進化はあってはならないのです。